第3話
  夏が来れば思い出す・・・クマの足跡
 
 
 北海道で鉄道撮影、それも町を離れて山の中に入れば、クマの話には事欠かない。幸か不幸か(幸に決まってるけど・・)襲われたことはもちろん、直接目撃したこともない。
 しかしある夏のこと。
 夜明けのシーンが撮影したくて、十勝平野の外れにある小さな丘の上に前日から車を止めて寝ていた。朝方三脚をセットして、なかなかの雰囲気を捉えた。満足して朝食を食べて、コーヒーを沸かして撮影ポイントでしばし休息。そして何事もなく丘を降りたのだった。
 そして、その日の夕方。
 今度は夕方の斜光で俯瞰撮影をしようと、朝の丘に登った。すると、様子がおかしい。
 三脚をセットした跡と、私の足跡が荒れている。よく見ると・・・足跡。大きさ十数センチ、どうやら小熊が私の匂いのするところをいたずらしたらしい。「へぇぇ、小さいクマが来たんだ」・・・・ふと、思えば、これくらいのクマは必ず母グマと行動を共にする・・・と、言うことは・・・きっと近くにいるっ!
 今度は車の中で待機。列車の姿が見えてから、思いっきりクラクションをならして飛び出し、まわりをきょろきょろと見回しながら、あたふたと撮影、そして一目散に山を降りた。クマの姿こそ見なかったものの、本気で怖かった。
 
 今、北海道に行けば、クマ除けの鈴の他にクマ除けスプレーも売っている。けっこういい値段がするのだが、虫除けのスプレーとは根本的に使い方が違うのだ。取り説によると有効射程距離5メートルとある。ヒグマの雄ともなれば、頭から胴の長さで2メートルを越えるわけで、それが両手を振り上げて構えれば、山にしか見えないはずだ。そんなものを5メートルの距離まで耐えるのは私には絶対ムリ。至近距離での出会いを避けるために、山での撮影中はラジオが手放せないのである。 (注:一説にはクマの接近音を聞き逃すため、常時音の出るラジオは良くない。鈴、笛が有効との話もある)
 
 野生動物の王国アフリカ。今でも地域によってはライオンに襲われる被害が出ていると聞くが、当然ナイロビの街中にライオンが出ているわけもなく、街ではライオンなど見たこともない人もたくさんいるそうだ。真偽のほどは明らかではないが、日本で毎年数人がクマに襲われていると聞いたケニアの人が、「日本はなんて危険な国なんだ!」と、叫んだとか叫ばなかったとか・・・・
 
 国内のクマ被害の文献をめくってみたが、今のところ「鉄道写真撮影中にクマに襲われる」というケースは幸いなことにないようだ。冗談でなく第1号にはなりたくない。「北海道は野生動物のけっこう危険な国」と無理やりでも認識しておいた方が良さそうだ。